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ここはバンコクにあるチャイナタウンのヤワラー。

1980年代、日本人バックパッカーの聖地と言われた場所。

写真はバックパッカーなら誰もが知っている楽宮旅社入口である。

あの谷恒生の小説「バンコク楽宮ホテル」の舞台でも有名ですよね。

2004年頃に閉鎖されてしまったみたいだが、部屋にはまだパイプベットなどが放置されているらしい。

私も2002年〜2003年頃、よく利用していた。

このホテルの隣(正確には真下)にはスワニーさんの経営する北京飯店という食堂がある。

昨年(2011年)訪れた時にもひっそりと営業していました。

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バンコクのヤワラーを拠点として旅をしていた人達は、旅が終わるとここ北京飯店に帰り名物?のあさりの味噌汁を飲んだそうな。

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今でもスワニーさんはこの味噌汁を作って、旅人達の帰りを待っています。

僕が利用していた当時、ここの客にヤワラーのどこかに書かれた有名な落書きを教えてもらった。

金の北米、女の南米、耐えてアフリカ、歴史のアジア、何もないのがヨーロッパ、問題外のオセアニア

豊かな青春、みじめな老後

まだ若かった私は、「なんてクールな落書きなんだ!!!」と思ってしまった記憶がある。今想うとそんな当時の自分が怖い。

しかし、この落書きを実際に見たという人には出会えなかった。多分、人から人へ伝えられたのでしょう。
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ここ北京飯店には旅人達が読み終わった小説や直接旅の情報を書き込んだノートが当時のまま残されている。



だらだらと長くなってしまいましたが、楽宮旅社の管理者様!パイプベットの回収やアノ黒板の回収依頼お待ちしております!!

おまけ
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楽宮旅社と双璧をなすジュライホテル跡地。(2011年撮影)
今も廃墟として取り壊しされないまま残っている。95年に閉鎖。
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アジアンジャパニーズで有名な小林紀晴氏の旅の始まりはここジュライホテルだそうです。楽宮旅社から歩いて1分ぐらいの所にあります。

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